2019年9月10日

還暦祝い

贈りものをするときはいつでも、相手を驚かせたい、と思う。

わぁっ、と笑顔がひらく瞬間が見たくて、考えを巡らせる。

そこにはくわだてをして壁越しに反応をうかがう、いたずらっ子の気分がある。

でも、もっと切実な思いで贈りものを選んだことがあった。

今から10年以上前、母の還暦祝いだ。

母が60歳になる2年前、わたしたち家族は父を亡くした。

わたしと兄は四国の実家を出て東京で暮らしていたので、

父が亡くなったことは悲しかったが、日常の変化はさほどなかった。

しかし父とふたりで暮らしていた母は、父の不在に随分気を落としていた。

そんな状況での還暦祝い。

胸躍るプレゼントで、母の沈みこんだ毎日に明るい光を差したかった。

還暦だから、「赤」をテーマにプレゼントを選ぶ。

当時銀座にあった、花を置いていない花屋「ジャルダン・デ・フルール」で、

アレンジメントを注文。

オーダーを受けてからイメージに合わせて花を仕入れるオートクチュールの花屋。

花束ではなくて、アクリルボックスに花を詰める、

当時としては一風変わったアレンジメントにした。

母の写真を見せ、彼女の人柄とテーマカラーを伝え、あとはできてからのお楽しみ。

銀座というキラキラした街で、先端を行くお店で注文できたことが、嬉しかった。

花以外のプレゼントは、仕事で知り合ったセンスのいい女性が教えてくれた、

白金高輪の雑貨店で。

赤いものにフォーカスして、深い赤色をしたヴェネチアングラスのラリエット(巻きつけるタイプのネックレス)を購入。

お値段が張ってどきどきしたけれど、母のために、ちょっとがんばったものをあげたかった。

お店のオーナーの女性が、平べったい円形のアルミニウム製ケースに入れて

濃淡2色の赤の薄紙で包み、上部を何本ものリボンで結んだラッピングをしてくれた。

それらの「もの」と併せて、わたしが選んだ過程や場所も感じてもらえるように、

プレゼントを選んだお店や、スタッフの方々を写真に撮って、写真集を手作りした。

フェルトに「HAPPY 60th」と刺繍して、表紙に。

もちろん、手紙もしたためた。

そのときの自分にできる精一杯の「ステキ」と「想い」。

「できた…」と達成感で胸をいっぱいにしながら、宅配便で母宛てに送った。

果たして母の反応はどんなだったか。

喜んでくれたのは間違いないが、詳しくは実際のところ、憶えていない。

20代半ばの贈りものは、まだまだ自己中心的だったのかな、と思う。

贈った当初は工夫して身に着けてくれていたラリエットは、今ではめっきり姿を見ない。

しかし、アレンジメントを頼んだ「ジャルダン・デ・フルール」の東信(あずままこと)さんは、

気鋭のフラワーアーティストとして世界で活躍する人となった。

そして、母がわたしと兄からの還暦プレゼントを並べて撮影した写真は、

今も実家の応接間の本棚に、飾られている。

(ライター:飯島 敦子)

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