還暦祝い
贈りものをするときはいつでも、相手を驚かせたい、と思う。
わぁっ、と笑顔がひらく瞬間が見たくて、考えを巡らせる。
そこにはくわだてをして壁越しに反応をうかがう、いたずらっ子の気分がある。
でも、もっと切実な思いで贈りものを選んだことがあった。
今から10年以上前、母の還暦祝いだ。
母が60歳になる2年前、わたしたち家族は父を亡くした。
わたしと兄は四国の実家を出て東京で暮らしていたので、
父が亡くなったことは悲しかったが、日常の変化はさほどなかった。
しかし父とふたりで暮らしていた母は、父の不在に随分気を落としていた。
そんな状況での還暦祝い。
胸躍るプレゼントで、母の沈みこんだ毎日に明るい光を差したかった。
還暦だから、「赤」をテーマにプレゼントを選ぶ。
当時銀座にあった、花を置いていない花屋「ジャルダン・デ・フルール」で、
アレンジメントを注文。
オーダーを受けてからイメージに合わせて花を仕入れるオートクチュールの花屋。
花束ではなくて、アクリルボックスに花を詰める、
当時としては一風変わったアレンジメントにした。
母の写真を見せ、彼女の人柄とテーマカラーを伝え、あとはできてからのお楽しみ。
銀座というキラキラした街で、先端を行くお店で注文できたことが、嬉しかった。
花以外のプレゼントは、仕事で知り合ったセンスのいい女性が教えてくれた、
白金高輪の雑貨店で。
赤いものにフォーカスして、深い赤色をしたヴェネチアングラスのラリエット(巻きつけるタイプのネックレス)を購入。
お値段が張ってどきどきしたけれど、母のために、ちょっとがんばったものをあげたかった。
お店のオーナーの女性が、平べったい円形のアルミニウム製ケースに入れて
濃淡2色の赤の薄紙で包み、上部を何本ものリボンで結んだラッピングをしてくれた。
それらの「もの」と併せて、わたしが選んだ過程や場所も感じてもらえるように、
プレゼントを選んだお店や、スタッフの方々を写真に撮って、写真集を手作りした。
フェルトに「HAPPY 60th」と刺繍して、表紙に。
もちろん、手紙もしたためた。
そのときの自分にできる精一杯の「ステキ」と「想い」。
「できた…」と達成感で胸をいっぱいにしながら、宅配便で母宛てに送った。
果たして母の反応はどんなだったか。
喜んでくれたのは間違いないが、詳しくは実際のところ、憶えていない。
20代半ばの贈りものは、まだまだ自己中心的だったのかな、と思う。
贈った当初は工夫して身に着けてくれていたラリエットは、今ではめっきり姿を見ない。
しかし、アレンジメントを頼んだ「ジャルダン・デ・フルール」の東信(あずままこと)さんは、
気鋭のフラワーアーティストとして世界で活躍する人となった。
そして、母がわたしと兄からの還暦プレゼントを並べて撮影した写真は、
今も実家の応接間の本棚に、飾られている。
(ライター:飯島 敦子)
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